女子高生の死

その日はまさかの雨だった。前日まで空はからりと晴れ、世界は「厳しい寒さも和らぎ春の訪れを感じる季節」そのもので、しかしそれもとめどない糸のような春雨が洗い流してしまったようだった。
 校長先生の話は長い。ブルーシートが敷き詰められた体育館、冷えた足先を擦り合わせ、カーディガンから覗いた指をそっと組み換えた。周りの様子をうかがうと、退屈そうな生徒が多いものの、さすがに頭を垂れている人はいない。保護者席で誰かが鼻をすすっている。舞台上に広げられた金ぴかの幕がぎらぎらと眩しい。体育館の天井ってこんなに高かったんだ。私たち皆の頭上に、何か沈黙を司る魔物が浮遊している想像をする。朗々と続いた先生の声が止み、ざっと音をさせて周りの生徒が立ったので、あわてて腰を上げた。五秒間の礼、着席。薄っぺらいスカートの感触と、壇上から降りる校長が纏う紫紺の色。……
卒業。
それが意味するところを私の頭は未だわかっていなかった。
今まで当たり前のように持っていた肩書き、居場所、その他諸々を剥奪されること。
カラオケに午後十時までいられること。
千円では映画を観られなくなること。
私は女子高生ではなくなった。
私は、何だろう?
 卒業式、翌日。もはや紛れもない昼である午後十二時三十分。
何の気なしに昨日のことを思い出して、ああ、あれきりなんだ、と、唐突に理解した。
あの制服を着て、あんな風に笑うことはもうない。

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