秋の名前を


季節に名前をつけている。

春夏秋冬という一般化された名称のことではない。
今現在の私固有の、私だけの、季節。それは過去の、もしくは未来の私でさえも永遠にわかりえない。

去年の秋でいえば、文化祭、ライブ、どうしてあんなに忙しかったのか今となっては覚えていないが、とにかく忙殺されていた記憶がある。生き急ぎの秋。
一昨年も然りだ。あの頃はまだ冬季になるとわけもなく襲ってくる鬱状態に抗う術など何一つもっていなかった。沈んだ秋。

では、今年は。   


軽音楽部に所属していた。特別やりたかったという理由があったわけでもない。高校生になったとき、大好きな音楽がやりたくて、なんとなくで選んだ。
ベースを志望したのだって、中学の時テレビで見たベーシストがかっこよかったからとか、ギターはなんか安直すぎる気がしていやだとか、そんな理由。

初めの一年は、そりゃあ楽しかった。軽音楽に対してまっさらだった私は、いわゆる邦ロックバンドのノリ、フェスのノリをどんどん身につけていき、先輩の掻き鳴らす爆音に合わせて頭を振りモッシュをし手を高く挙げて跳び跳ねた。舞台に慣れてくると、観客と至近距離でスポットライトを浴びることやソロを成功させて大歓声を受けることの快感を知り、音楽に合わせて心のままに体を揺らす楽しさを知った。一度知ってしまったら戻れない気持ちよさに、私は夢中になった。

それだけに、コロナ禍はこたえた。
思い切り音に乗って、発散できていたライブは、感染が広がりやすい場の代表的なものとされ、大幅な制限が課された。二年生は部活を最も楽しめる時期でもあったのに、それを唐突に奪われた私たちの学年は大いに面食らい、身を切られるような思いでたくさんのことを諦めざるを得なかった。それでもなんとか楽しもうと工夫に工夫を凝らした私たちの代の部長や幹部、後輩たちの代の彼らには頭が上がらない。
お陰で今回、私たちのバンドの高校生活最後のライブは、無事大盛況に終わることができた。

ほんとうに、ほんとうに、幸せな時間を「過ごさせてもらった」。
今でも思い出せる。
ライブが始まる前の、ざわざわした熱気。人数制限のため間を空けて座る色とりどりのクラスTシャツの中から友達を見つけだし、見に来てくれてありがとう、うん、そっちもがんばってね、録ってるからねなどと興奮気味に言葉を交わす。有難いことに視聴覚室は生徒で(密にならない程度に)溢れ返り、楽器を抱えて前に出て全体を見渡した時の、ああ、ここにいる全員が私たちの演奏を聴きに来てくれているのだ、私たちは待ち望まれているのだ、というドキドキワクワク、高揚感はたまらない。
照明が落ち、客が湧く。直後、束の間の静寂。そしてボーカルが私たちの名前を叫び、挨拶をすると。
ドラムがスティックを打ち鳴らす、ギターがコードを奏でる、ベースが入ってボーカルが息を吸う。

曲が、始まる。

鮮明に思い出せる。
左手を指板上にいそがしく踊らせ、右手でリズムを刻みながら、見渡したくらやみの観客席。
横を見ればマスクで顔は見えないものの楽しそうに揺れるメンバーの立ち姿。
一定のテンポで響く手拍子。
ここでする最後の、高校生活最後のライブ。

この光景を忘れまい、忘れるものか。

スマホで撮影したライブ映像を後から見返すことはできる。しかし、それは観客席から見た私たちを録画したもので、あのとき私たちの目に映った景色を見ることは後になってしまえば叶わないのだ。
セトリも違えば衣装も違う、見に来てくれている人も様々で、本当に、あの瞬間、一過性のスペクタクル。
それが軽音楽部の醍醐味である、と思っている。



文芸部も兼ねていた。

放課後の教室で駄弁りつつ、浮かばないアイデアと格闘しながら短編を少しずつ書いていた。
三題噺と呼ばれるお題は時々へんてこで、落ち着いた雰囲気の部活名と相反した大笑が廊下まで響く日もあった。
あのゼロから一を生み出す苦しみと、それを乗り越えてルーズリーフを汚い手書き文字で埋め尽くしていく快感が離れない。

このために夏休みに四、五回ほど集まり製作した部誌が並ぶ様は圧巻で、ああこの部活をやっていてよかったと、幾度めかの感慨に身を浸した。

夏休みの司書室、後輩と交代でパソコンに向かい、呻きながら最後の推敲をしたこと。蒸し暑い共用スペースで二人、話しながら食べたコンビニのサンドウィッチの味。印刷室でミスプリに爆笑した。そうそう、あのときは私が原本を刷る段階で誤字してしまいコピー用紙三百枚を無駄にしてしまったんだっけ。

小学生の頃好きだった児童書シリーズに登場する三つ子の長女に憧れて文芸部に入ったが、入ってよかったなあとことあるごとに思いを新たにしている。みんな文芸部入るべきだよ。



思い出を語ろうとしたら収拾がつかなくなってしまった。筆がノらない時に書いたのでやたら長いうえに超絶ぐだぐだである。

お粗末様でした。

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